【名進研対談後編】自分たちのミッションに忠実であろうとするからこそ、大学受験をあえて行わない意思決定

「栗原慎吾の学び紀行」は、「Comiru」代表の栗原が、全国各地の優れた塾を探訪し、塾長・代表者と対談して、教育や塾に関する取って置きの話を聞く連載です。第1回は、愛知県・岐阜県を中心に37校を運営し、当地の中学受験実績ではナンバーワンの呼び声も高い、名進研ホールディングスを訪問。代表取締役社長の金澤篤氏に“名進研流”の塾運営の秘訣を伺いました。今回は後編をお送りします。 ※数値は全て取材当時のものとなります

前編はこちら

名進研ホールディングス
本部所在地 愛知県名古屋市西区名駅二丁目34番19号
会社設立 2015 (平成27)年12月1日
資本金 5,000万円
社員数 490名(内正社員数:231名 2022年6月末現在)
事業内容 中学・高校受験専門予備校「名進研」の運営を軸に、アフタースクール「レインボーキッズ」や速読解力講座、ロボット科学教育、将棋教室などの能力開発講座、海外留学の企画・運営などを展開。グループ内の学校法人名進研学園では私立名進研小学校を運営。

大学受験を手掛けないのは中途半端を避けるため
企業理念に照らし、そぐわないものはやらない

栗原:名進研様の主な顧客層を教えてください。

金澤氏:中学受験コースでは東海地区の難関中学、有名中学を目指すご家庭に加え、近年では県外の難関中学を目指すご家庭も増えはじめています。高校受験コースでは地域のトップ校、難関校を目指す子どもたちに学習指導を展開しており、実際そうした学校への進学が在籍生の6割以上を占めています。したがって上位校を目指す家庭の方々が主な顧客層となります。ただ、大学受験は手掛けていません。

栗原:地域に根差し、愛されている塾であることが伝わってきます。一つ気になったのが大学受験を手掛けていないことです。これだけの生徒の基盤があり、東海地区のトップ校、難関校に子どもたちを輩出している実績があるわけです。大学受験の予備校を展開すれば、ビジネス的にも伸びると思うのですが、あえて参入しない理由は何でしょう。

金澤氏:私たちは、中途半端に関わることは教育では絶対にあってはならないと考えています。対象がこの地域の中学受験、高校受験であれば、十二分に熟知し、様々な情報、学習方法、合格のノウハウを持っています。しかし、大学受験となると対象は全国となります。790大学ある中で、そこの全てに関するノウハウや情報を私たちは持ち合わせていないわけです。大学受験に長けている教育機関は東海エリアにも数多くあります。であるならば、生徒や保護者のことを考えると、そうした他の教育機関で頑張ってもらう方が成果が上がると思っています。むしろ、私たちの役割は、大学受験に向けて良いスタートを切れるように、中学に進学させ、高校に送り出すことだと考えています。

栗原自分たちのミッションに忠実であろうとするからこそ、大学受験をあえて行わない意思決定をされているのですね。

金澤氏:自信と責任を持ってやれることは全力で取り組みますが、少しでも疑念があるようであれば手を出すことはありません。ある意味、「選択と集中」という経営を具現化しているのですが、大事なのは、そこに理念があるかないかです。教育という仕事は特に理念が大切であり、私たちも理念を軸に教育やビジネスを展開しています。

栗原:理念で言うと、具体的にはどのようなことを掲げられていますか。

金澤氏「教育と企業経営の融合による活力ある私教育の実践を通じ、広く社会に貢献する」。これが私たちの企業理念です。「企業経営」と言うと、ビジネス寄りのニュアンスを感じられるかと思いますが、逆に私たちは、ビジネスとしてお金をいただいているからこそプロフェッショナルな教育サービスを提供しなければならないと考えています。企業経営という言葉には、そうした意志が込められています。この理念に照らし合わせ、そぐわないものは行わず、合致しているものを深めていくのが基本的な方針です。

名進研ホールディングス 代表取締役社長 金澤篤氏

教育で重要な効率化とカスタマイズ性をDXで実現へ
デジタル化チームのリーダーはビジネススクール通い

栗原:昨今、DX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組む塾も増えています。デジタル化の必要性や背景はどのように捉えていますか。

金澤氏:まず、現代の教育において重要なのが、「効率化」と「カスタマイズ性」であり、それらを保持するには、デジタルの力が不可欠だと考えています。ただし、私たちはそのデジタル化が決して進んでいる方ではないと自覚しています。そこで、2022年にデジタル化を促進させるチームを立ち上げ、第一歩として知識やノウハウを身に付けるところからスタートしています。具体的には、チームのリーダーを22年秋からビジネススクール(MBA)に送り出しています。テクノロジーマネージメントやイノベーションに関して専門的に学び、当社にそれを持ち帰って施策を展開することをイメージしています。

 私たちは塾という教育産業に身を置く企業だからこそ、「学ぶ」ということを重視しています。他社の真似事や、言われた通りにDXを行うのではなく、疎いことを自覚し、知識を身に付けていくことが何より大切だと思っています。

栗原:「効率化」と「カスタマイズ性」を重視する意図は何でしょう。

金澤氏:効率化は決して社員を楽にするためだけに行うものではありません。ITを活用することで様々な事務の作業量を減らし、生徒や保護者と関わる時間を増やすことこそが本来の目的です。

 そして、カスタマイズ性に関しては、ITの力を借りることで、個別の生徒のデータを蓄積、分析できるようになり、一人ひとりに合った教育の提供がよりしやすくなる可能性があります。流行りものに飛びつくのではなく、効率化とカスタマイズ性の真の目的を見据え、デジタル化やDXを推進していく。そのために私たち自身が知識やノウハウを猛勉強するというのが、今の局面だと考えています。

栗原:教育のDXとは目的ではなく手段です。やみくもに取り組んでしまうと、何のためのDXか分からなくなり、うまくいっていない事例も散見されます。名進研様はその点をよく認識されているのだと思います。また、DXを進めるためには、一部の業務フローを変更しなければならない事態が生じる場合もあります。特に塾の集団指導は長い歴史があるため、非常に複雑化し、そのままの状態ではシステムに載せられないケースもあるからです。ポイントは「ここは残す」「ここは変える」という塩梅です。

 POPERのComiruは約4000教室に導入されており、そこから見えてくる最適な標準フローもあります。今後はそれも参考にしていただきながら、DXを推進していただければと思います。

「Comiru」代表 栗原慎吾

金澤氏:歴史が長ければ長いほど、変えることに抵抗を感じがちになります。どのような目的でどの手段を選ぶか、それを社内にどう説明し、理解を促すかが重要になってくるでしょう。

社内のコミュニケーションは質より量
講師はキャリアの複線化で育成する

栗原:社員や講師とのコミュニケーションはどのように図っていますか。

金澤氏:社内の基幹システムの中でコミュニケーションを図ったり、定期的な研修や情報交換の場を通じてやり取りをしたりなど、方法は様々です。そうした中で気を付けていることは、可能な限り頻度を多くすることです。コミュニケーションは質も大事だが、量の方がもっと大事というのが私たちの考え方です。

栗原:とにかく「量」というのは興味深い方針です。

金澤氏:私も一日の業務の7割は人と話す時間に充てています。とにかく、上司と社員、社員同士の接点を増やすことが重要です。例えば、リアルの接点は、①教師研修、②全体的な情報伝達の場の2つに大別されます。①は入社1年目に年間にわたって行われるルーキーズ研修に加え、各教科の教科研修が月に1、2回あります。②は全体の朝礼を月2回程度行い、その他、教室長を集めた会議、教科の責任者を集めた会議も定期的に実施しています。

 コロナ禍の中ではZoomを使っての会議も多く、アフターコロナになっても、フェイス・トゥ・フェイスのリアルと効率的なデジタルを融合させた形で進めていく予定です。

栗原:講師の育成は塾のコアな業務ですが、非常に難しい部分もあります。採用と育成のどちらを重視していますか。

金澤氏:両方同じくらいのウェイトで大事に思っています。採用について、最終面接は私自身が行っているため、私の中で230人いる正社員の名前と顔が一致します。入社後も研修を丁寧に進めていきます。机上研修に始まり、最初の1~2カ月はOJTのトレーナーが付き、その後も教科ごとの責任者が1年間、メンターの役割を果たしながら研修を行っていきます。これが先述のルーキーズ研修と呼ばれるものです。

栗原:塾によっては、優秀な方からの応募が来ないという悩みを口にされる塾長もいらっしゃいます。名進研様の状況はどうですか。

金澤氏:「優秀な教師」の捉え方には色々あると思います。全てのことができるマルチプレーヤー、マルチタスクの人材の獲得は確かに難しいでしょう。しかし、「強みを活かす」という発想で考えると別の側面が見えてきます。全てではないが、あるスキルは非常に高いという人材はいるわけで、その強みをどう活かすかという視点で見れば、採用や育成のアプローチも変わってくるわけです。

 例えば、私たちの現場の仕事は「生徒指導」と「マネジメント」があります。そうした中、「マネジメントには興味がないが教科のプロとして磨きをかけたい」という教師が一定数はいるわけです。そんな教師には、あえてマネジメントをする室長という役職ではなく、理科や算数のプロフェッショナルとしての道を用意します。そうすることで本人は得意なところで勝負でき、やりがいを見出せます。

 一方、マネジメントが得意な社員は、プレイングマネージャーとして室長というポジションを与えます。生徒や保護者との連携やコミュニケーションが上手ですので、名進研としての考え方を広くマーケットに伝えることもできます。

栗原評価軸を1本ではなく、複数持つことが重要なのですね。

金澤氏:名進研もかつては本部に来ることがキャリアアップの目標であり、出世コースでした。しかし、現場力の高い社員は現場でこそ活きますし、そこを評価した方が本人とっても幸せです。近年は、「現場課長」といった役職も用意し、全社的なマネジメントに携わらなくても、キャリアップできる道を作っています。今後は現場次長、現場部長という役職が誕生するかもしれません。こうして塾のキャリアも複線化させることが重要です。

栗原:採用面で「こうした人材を採る」といった面接でのポイントはありますか。

金澤氏:一番大切なのは「誠実さ」であり「人のために尽くしたい」という気持ちが強いかどうかだと思います。「教育は人のため」という色合いが濃く、生徒や保護者のために力を注ぎたいという思いがある人でないと務まらないからです。ですから、それを見出すために、面接には1時間~1時間半とじっくりと時間をかけます。それだけ長い時間、話題を振って話を聞けば、「この人なら価値観を共有できるかどうか」は自然と見極められます。

人への影響は人しか与えられない
ITは人に輝いてもらうためのツール

栗原:広い視野での質問となりますが、今の塾業界の課題は何でしょう。

金澤氏:企業経営の目線で言えば、一番大きな問題は少子化です。一方で、以前よりも今の保護者の方が教育への関心が高くなっています。インターネットを通じて、保護者も様々な情報を入手できるようになったことが背景にあります。そうすると、教育に求められる質は間違いなく過去よりも今の方が高く、それは未来に向けてより高まっていくと思っています。そうした中でポイントとなるのが、先ほど申し上げた「カスタマイズ性」です。それぞれの能力を最大化するために個々に応じた教育方法を提供できるか否かが、選ばれる塾の条件になってくると考えています。

栗原:そこはComiruなど、デジタルの活用でできる部分もあります。ただ、私たちはIT企業でありながら、一つの信念を持っています。それは、「人は人からしか影響を受けないし、感動もしない」ということです。そのような教師が生徒に良い影響と感動を与えられる教育を実現するために、私たちは「教えるを、なめらかに。」というミッションを掲げ、障害を取り除くIT技術を提供しているのです。つまり、ITは人に輝いてもらうためのツールでしかなく、最終的に「この生徒にはこのやり方がベスト」と判断するのは人です。先生が生徒に力を尽くし、輝くことができれば、真のカスタマイズが実現していくのだと思います。

金澤氏:「人への影響は人しか与えられない」という考えには非常に共感します。あくまで人が「主」であり、デジタルは「従」ということですね。私自身も、「人の幸せは人が創るもの」という思いが根底にあり、その活動をより最大化するためにデジタルツールを使っていければと思っています。

栗原:最後に、今後の方向性について教えてください。

金澤氏:中高受験がコアであることはこれからも変わりませんが、それらを軸にしながら、「総合教育会社」となっていくのが、次のフェーズです。例えば、名進研で学んだ生徒が大学生、社会人になり、いずれは保護者となって、自分の子どもの学習と向き合うことになります。そこで、どの保護者の方も悩むのが「勉強面で自分の子どもとどう向き合ったらよいか」という問題です。そこは私たちが長年にわたり蓄積してきた知見やノウハウがあるので、そういった場面で保護者の方々に貢献できるような教育サービスが提供できればと考えています。

栗原:そこは非常にニーズが大きいところですね。私も書籍などで子どもの育て方を学ぼうとしていますが、書かれている内容と実際とは隔たりがあると感じていました。学習や受験の場面でもそれは同じで、経験を積んだ先生から教わるのであれば、お金を払っても良いと考える保護者の方はたくさんいると思います。今回、名進研様のお話を聞いて、本当に誠実な企業であるという印象を強く受けました。誠実さは、自分たちが信じている理念に対して正直であり、実践することから滲み出てくるのだと思います。私たちPOPERも教育に携わる会社として、誠実でいることの重要性を改めて実感しました。

 本日は貴重なお時間を有難うございました。

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