【立志館対談後編】脳の働きを“科学”すると教え方のコツが見えてくる AIやDXはあくまで先生を補完するための道具

教育機関向け業務管理プラットフォーム「Comiru」を開発・運営する株式会社POPER代表の栗原慎吾が、全国各地の優れた塾の塾長・代表者と対談する連載「Comiru 栗原慎吾の学び紀行」。第2回は大阪府堺市に拠点を置き、府内で33教室を運営する、顧客満足度7年連続1位※の立志館ゼミナールを訪問。運営する株式会社大阪教育研究所の取締役兼館長の中村俊一氏と対談し、同塾が地域で愛されるわけを聞きました。今回は後編をお送りします。 ※2022年 オリコン顧客満足度ランキング 受験・スクールカテゴリ「2022年 高校受験 集団塾 近畿 大阪府部門」

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株式会社大阪教育研究所
本部所在地 大阪府堺市南区高倉台2丁6番1号
会社設立 1980(昭和55)年11月15日
資本金 2,000万円
社員数 220名
事業内容 高校入試を目標とした「立志館ゼミナール小中学部」、大学入試現役合格を目標とした「立志館ゼミナール高校部」、中学入試を目標とした「立志館ゼミナール中学入試部」、そして「立志館ゼミナール個別指導SPEC」など地域密着型の塾を展開。その他、「作家養成スクール心斎橋大学」、「作家養成スクール東京作家大学」、実用英語特化型英語専門スクール「THINK FUTURE ACADEMY」も運営。2020年からは大阪市内で小中学生対象の高校入試・英検取得のための「進学塾Rex」も新たに展開を始め、21年にはICT教育ツールの研究・開発を行う「TFA Lab」も設置するなど事業の多角化を進めている。

集団塾の良さはミラーニューロン効果が得られること。電気信号を強める工夫をして記憶の定着率を高める

栗原慎吾(以下、栗原) 立志館ゼミナール(以下、立志館)では、集団塾を中心に運営されています。集団塾の良い点は何でしょう。

中村俊一氏(以下、中村) 色々あると思いますが、一つはみんなのやる気がクラス内に充満している雰囲気でしょうね。例えば、ある家庭で子どもがぐずって、「塾に行きたくない」と言い出したとします。お母さんは「月謝を払っているのに何言っているの。つべこべ言わずに行きなさい」と無理にでも行かせるでしょう。それで、仕方なくクラスに来て座っていると、やる気がみなぎっている生徒の空気に次第にのまれていきます。そして、気が付けば自分もいつの間にか真剣に勉強をやっていた……と往々にしてなるものなのです。これは、人間にミラーニューロンという共感の神経細胞があるためで、周りが一生懸命やっているとまるで鏡のように自分もその場に同調して勉強に打ち込んでしまうという原理が働いています。「朱に交われば赤くなる」ということわざがありますが、まさに集団塾はそうした集団心理がメリットの一つといえます。

栗原 集団塾の効果も科学的な根拠があるんですね。他にも「教え方を科学する」ような話はありますか。

中村 後は、塾講師として意識すべきは生徒の「記憶」を上手にコントロールすることです。生徒は授業の内容を当然ですが脳で覚えます。その際、脳の中では情報は海馬という部位で一時的に保管され、大脳皮質に送られて長期的に記憶するというメカニズムを辿りますが、それらの記憶のリレーはすべて電気信号で行われます。そして、ここが重要な点なのですが、電気信号が強ければ強いほど、記憶の定着が良くなるのです。

 電気信号を強くするには、質と量が関係してきます。質とは授業の内容で、例えば笑いの要素を入れてがっと盛り上げた後に、ぐっと引き締めて覚えるべき大切なポイントを伝えたり。いわゆる「エピソード記憶」と言われるもので、記憶する内容に加えて、笑いや物語性などの付随情報があることによって、電気信号が強化される仕組みを利用しています。

栗原 だからこそ、笑いや印象的な話を入れたり、話し方に強弱を付けたりする「付随情報」を交える工夫が必要なのですね。そこは立志館では個々の先生が努力されている点かと思います。

「Comiru」代表 栗原慎吾

中村 そうです。その点は先生がもがきながらも考えていくポイントになります。また、量に関しては、「エビングハウスの忘却曲線」でも明らかな通り、人は100%覚えたものでも1日経てば記憶量は半減し、そのままほったらかしだとほとんどを忘れてしまいます。しかし、復習することで記憶は再生されます。1週間後に復習し、1か月後にもう一度復習するなどです。そうすることで、覚えたことの80%程度が「定着」すると言われているのです。

 我々はそのサイクルを使って、①まずは学習するべき内容を塾の先取り授業で予習的に学び、②学校の授業でいわば復習的な形で覚え、③塾で定着度テストを実施してもう一度復習し、④最後に学校のテスト対策の時にもう一度復習する。こうして同じ内容の電気信号を4回脳に送ることによって、定着度を高めているのです。

栗原 理論的なバックグラウンドを踏まえた上で、授業を行っているのですね。

中村 いえ、そう言いたいところですが。実は知らず知らずのうちに電気信号を最適に強めていたというのが正直なところです。後で調べてみたら忘却曲線という理論があり、自分たちのやり方がそれに則していることが分かったのです。なるほど、だからうちの塾の生徒は成績がいいのかと(笑)

 もう1つ、「好きこそものの上手なれ」に関連したことを言うと、「教わっている先生が好き」「先生の教え方がとても合う」というのも強烈な電気信号となります。あの先生にまた褒められたいと思えば、それが勉強の動機になって、記憶の定着率も高くなります。だから、好感を持たれる先生になる、好感が生まれる授業を行うというのは、教育にとっては重要な要素なのです。こうして、電気信号の強め方は多種多様。色々あるわけです。そこをいかに仕掛けていくかが、塾にとっても先生にとっても鍵になると考えています。

AIの技術を駆使した次世代プラットフォームを構築。ただし重要なのは先生のティーチング力とコーチング力

栗原 教育のDX(デジタルトランスフォーメーション)についての取り組みはどのように進めていますか。

中村 母体である株式会社大阪教育研究所では、AI(人工知能)などの最先端技術を駆使して様々な教育デジタルツールの研究・開発に取り組む「TFA Lab」を運営しています。エンジニア集団が、UI/UXの設計からコーディングまで一貫して開発する組織で、大学などの研究機関とも連携しながら、次世代型教育プラットフォームの構築を目指しています。

 TFA Labが中心となり、既に英語用のAI教材「TiiFa(ティーファ)」をローンチしています。アプリで英語の問題演習を行い、AIが個々の生徒の個性を学習。レコメンド機能でその生徒に最適な難易度の問題を出題し、学習効果を高めるツールです。ただし、この教材もあくまで先生の授業をサポートするのが役割です。TiiFaをただ単に生徒に提供しても自主的に行うことは難しく、そこは先生が取り組むことを勧めたり、それぞれの生徒の結果を見てコーチングを行ったりすることが必要になります。

栗原 AIだけで完結することは、まだ今の技術では困難ということですね。

中村 はい。人間というのは「共感性」がないと、やろうという動機が起きづらいもの。特に、何かを学ぶという行為において、共感性は重要です。だからこそ、そこには先生のティーチング力、コーチング力が必要となってくるのです。

栗原 今、AIやEdTech(エドテク、教育と技術の融合)の世界では、ティーチングはデジタルで、コーチングは先生方が行うというアプローチが一つの潮流となっています。ですが、私はデジタルやテクノロジーの力を活用しながらも、結局はティーチングもコーチングも同じ先生が行うのがベストだと考えています。コーチングしているからこそ、授業中に適切な声掛けができ、ティーチングしているからこそ、授業でのちょっとした様子の変化をくみ取りながら面談で的を射たアドバイスや導きができるわけです。あくまでそれがベースにあり、効率的に補完する手段として、AIやDXがあるのだと思っています。

中村 その他、業務の効率化に関して、立志館ではマニュアルや社内資料の共有にGoogleドライブを活用するなど、所々でデジタル化を推進しています。しかし、課題はツールがバラバラであり、複雑な構成になっていること。その点で言えば、Comiruのようなシステムを使って、一元化することの必要性は感じています。現在、他の塾形態である進学塾Rex(レックス、以下Rex)でComiruを試験的に導入し、その効果を検証している状況です。

株式会社大阪教育研究所 取締役兼館長 中村俊一氏

11年間、毎月欠かさず「館長コラム」を発信。少しのプラスアルファが他塾との差分につながる

栗原 各家庭とのやり取りはどのように行っていますか。

中村 立志館では、毎月ご家庭に、生徒の塾での状況報告を行う「指導カード」やお月謝の引き落とし関連の書類、科目追加や取り消しを確認する用紙をダイレクトメールで発送しています。また、LINEを使用し、イベントのお知らせや授業実施に関するお知らせの発信を行っています。ただ、大切にしているのが、毎月のダイレクトメールにある「指導カード」の裏面に「館長コラム」の枠を設け、保護者や生徒が「なるほど」「いいな」と思えるような話をつづって欠かさず発信することです。

 最近では般若心経の最後の一文である「菩提薩婆訶(ぼうじそわか)」について、執筆しています。菩提は「仏の悟り」、薩婆訶は「成就する」の意味ですが、作家の小林正観さんという方が、薩婆訶の部分を用いて「そ・わ・か」の法則というものを提唱されています。ご存じですか。

栗原 いえ、知らないです。どのような意味ですか。

中村 「そ」は掃除、「わ」は笑い、「か」は感謝ということで、このそ・わ・かを毎日行うことこそが、幸運をもたらすのだと説いているのです。掃除をして身の回りをきれいにする人は心もきれいな人で、神様はそうした人を応援します。何があっても笑い飛ばせるということは肯定感が強いことの現れであり、何事も肯定していれば心身ともに健康になり、幸運も引き寄せられます。さらに、感謝する時に使う「有難う」の語源である“有難し”は室町時代までは神様に対して使う言葉でした。ですから、何かにつけて「有難う」と言っている人は、神様に「有難う」と言っているのと同じです。つまり、不安や迷いがあっても、きれいに掃除し、笑いを心掛け、感謝をしていれば、運が向いてくるということ――。こんな親も子もほっこりするような話を館長コラムで発信しているのです。

栗原 とても興味深い話で、メッセージ性もあっていいですね。弊社のComiruを使ってぜひ各家庭に発信していただきたいです。Comiruで発信すれば既読状況も分かりますので、反響を数字として捉えることができます。

中村 そうですね、それも検討させていただきます。このようにして、単に塾でお子さんを教えるだけでなく、プラスアルファで「あの塾に子どもを預けているとちょっといいかも」と思えるようなことを発信するのも重要なアプローチだと思います。どの塾も教えることに関しては、様々な工夫を凝らしており、競争は激化する一方です。そうした中で、ちょっとの差分が、他塾との差別化につながる可能性もあるわけです。私はその少しの可能性を常に意識し、このコラムの発信も11年間欠かさず続けています。

新業態で巨大なマーケットである大阪市内を攻略。会社を支えるのは立志館の教え子や元アルバイト

栗原 では、最後に今後の戦略について教えてください。

中村 今、最も力を入れている事業の一つが、2020年から大阪市内でスタートしたRexの展開を加速させることです。元々立志館は一棟の建物を建設し、家主に地代を支払う方法で運営してきています。生徒が120~130名集まると黒字になる計算です。一方で、大阪市内は家賃が高いため、従来の方法で進めることは資金的に難しい面もあります。そこで、今までよりもキャパシティをコンパクトにして、各教室が70~80名、あるいは三桁に届いたら十分にやっていける形態に手法を変えたのがRexという新しい塾のブランドです。

栗原 大阪府で最も大きなマーケットである大阪市内を攻略するため、従来の手法に固執せず、新業態を導入したということですね。

中村 そうです。イメージとしては50坪程度の一般的なコンビニと同じくらいの広さに授業を行う3室と自習室がある構成です。従来の立志館は5~8室程度ありましたからひと回り小さい規模です。今は一カ所で昔のような規模で生徒を集めるのが難しい時代になっています。ですから、Rexのような形態が時代に即していると判断しています。そして、想定する人数に達したら、そばにまたコンパクトな新しい教室を作るという、いわばコンビニなどのチェーンストアでいうところのドミナント戦略で出店を進めていきます。そうやって年間1~3教室程度を展開して、10年経った時に大阪市内のどこにでもRexがあるような未来図を描いています。

栗原 10年後を見据えた夢のある事業展開です。

中村 こんな思い切った業態を導入できたのも、私より若い世代のアイデアと実行力があればこそです。立志館の教え方のアイデンティティは受け継ぎながら、ブランドや戦略は全面的にリニューアルして、新しいやり方で会社を引っ張ってくれています。

栗原 特筆すべき点は、そうしたやる気に溢れた人材が御社に集まっていることです。優秀な人材はどのように集めていますか。

中村 特徴的な点を言えば、かつて立志館で学んだ卒業生やアルバイトをしていた子たちが、当社で働きたいと戻ってきて社員になるケースが多いこと。Rex事業の責任者も元々は学生時代に立志館でアルバイト講師として教えていました。そうした幹部の中には卒業生や元アルバイトもけっこういます。かつて立志館ゼミナールの講師に憧れて立志館ゼミナールの先生になってくれたように、自分たちも生徒たちの憧れの存在になるべく一生懸命働いてくれている。それが嬉しいですね。

栗原 塾業界が人材難の中、かつての教え子やアルバイトの方たちの多くが社員になっていることは、一つの競争優位性です。それは、立志館やRexが自塾の「地域の学力向上に貢献する」というミッションに対して常に誠実に向き合い、具現化しているからこそ、「あそこで働きたい」と思ってもらえるのだと思います。今後も集まってくる若い力が立志館や新業態のRexを盛り上げていくことを願っています。この度は貴重なお話をありがとうございました。

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