【城南進研対談前編】社会の変化の本質をとらえ、学びをアップデートする 城南進学研究社のトライアルアンドエラーとは

教育機関向け業務管理プラットフォーム「Comiru」を開発・運営する株式会社POPER代表の栗原慎吾が、全国各地の優れた塾の塾長・代表者と対談する連載「Comiru 栗原慎吾の学び紀行」。第3回は神奈川県川崎市に拠点を置き、乳幼児から社会人まで総合教育ソリューション事業を展開する株式会社城南進学研究社を訪問。専務取締役執行役員COO 千島克哉氏に、劇的に変化する社会で教育に求められるものや、新課程入試など変化への対応、学びをいかにアップデートさせていくかまで聞きました。前編・後編に分けてお送りします。

株式会社城南進学研究社
本部所在地 神奈川県川崎市川崎区駅前本町22-2
会社設立 1982年4月
資本金 655百万円
社員数 (単独)197人、(連結)393人
事業内容
  • 学習塾、その他各種教室の経営
  • フランチャイズチェーンシステムによる予備校、進学教室の募集及び経営指導
  • 大学、高校及び中学受験用教材の企画、制作、販売
  • 保育に関する事業

時代の変化の本質を捉え「予備校」から「総合教育ソリューション」のリーディングカンパニーへ

栗原慎吾(以下、栗原)社会環境の変化の本質をとらえ、予備校から総合教育ソリューションへと大転換を実現されている御社と対談の機会をいただき、光栄です。まずは、城南進学研究社様のご紹介をお願いできますでしょうか。

千島克哉氏(以下、千島):1961年に大学受験のための総合予備校として川崎に「城南予備校」を創業したのが当社の始まりです。それから半世紀以上、少子化による受験戦争の変化や、ゆとり教育、PISAショック、学習指導要領改定による脱ゆとり教育の開始、デジタル教育の進展といった数々の教育環境変化に対応しながら、予備校、個別指導、幼児教育など幼児から社会人までを対象とした総合教育ソリューション事業を積極的に展開しています。

2021年には創業の出発点である「城南予備校」を閉鎖。新しい企業理念「学びをアップデートせよ」のもと、「学びの個別最適化と教室力の強化」「付加価値の高い幼少教育事業の新展開」「教育格差を是正する教育ソリューション事業の積極的展開」の3本柱を中期経営計画の基本戦略としました。乳幼児から社会人までの全てを対象に能力開発のリーディングカンパニーとなるべく、次のような事業を展開しています。

※中期経営計画における基本戦略とそれを支える3本柱

栗原 時代の変化の本質をとらえ、企業理念である「学びをアップデートせよ」を体現すべく事業展開されていることに驚かされます。教育理念の体現とビジネスの両立は一筋縄ではいかないですよね。私も塾の運営に携わっていた経験があるからこそ、その難しさと面白さを痛感しています。理想の教育とビジネスの交点をいかに見つけるか。お話を伺うのを楽しみにしてきました。

「塾は禁止すべき」教育再生会議の野依良治座長の発言を受け、実行したこと

栗原 これまでさまざまな環境変化にフレキシブルな対応をされてきています。どのような環境変化がインパクトのあるものだったのでしょうか。

千島 まず大きかったのは、2006年に安倍内閣が設置した「教育再生会議」の座長・野依良治さんの発言ですね。「塾は禁止にすべき」との主張に驚かれた塾関係者も多かったのではないでしょうか。理由として挙げられていたのは「塾は形式知ばかりを教えているため」ということ。世界で通用する人材となるためには、形式知にプラスして暗黙知を兼ね備えていないといけない。それなのに日本の学生は、塾で形式知だけを詰め込まれているため考える力がないと一貫して主張されていました。

当時も大きな話題となり、反対意見も多かったですが、弊社としては「じゃあ、その理想と言われるものをやってみようじゃないか」と逆に奮起しましたね。結論からいうと、ビジネス的には失敗し現場にも迷惑をかけましたが、さまざまな気づきを得ることができ、無駄ではなかったと思います。

栗原 どのような取り組みをされたのでしょうか。

千島 中高生を対象に、正解のないテーマについて議論するプログラムを提供しました。「社会はどう変えられるのか」「マサイ族が伝統的な生活を維持しながらも、一方でスマホを持つという文化は許容されるか」といった抽象度の高いテーマを扱いました。正解がない中で、これまでのインプットで培った知識や学びを総動員してアウトプットを考え抜く「創造力」を磨きたい、それこそがこれからの社会で必要な力だとの思いで始めましたが、保護者にも生徒にもなかなか響かなかったですね。どれだけ重要性を説いたとしても、保護者の時代の学びの原体験からは離れられない……そのことに歯がゆさも感じました。

一方で、世界は国家戦略として予算をつけてこういった教育を行っているわけです。そのことに焦りも覚えました。改めて「学ぶとは何か」に立ち返って考える機会にもなりましたね。今、当社で行っている形式知プラスアルファの教育を生み出すきっかけにもなったと思います。

2025年度新課程入試をどう捉え、いかに対応するか

栗原 理想の教育や教育の本質を追求したくとも、入試というゴールが変わらないと結局これまで通りとなりがちです。そういう意味では、2025年度から新学習指導要領による入試が始まることが、教育のあり方が変わるきっかけになるかもしれません。新課程入試をどのようにとらえていらっしゃいますか。

千島 アドミッション・ポリシーに基づく固有入試がより具体化していくと考えています。各大学・学部学科が求める人材要件、学力観に基づき、知識だけでなく思考力や表現力、専門分野への価値観・考え方を持ち、社会性を持って発言していける学生を選抜し、そういった学生の化学反応でいい学び舎を作っていく。そのための入試へと変わっていくのではないでしょうか。

これまでの大学入試で重視された基礎学力だけではなく、専門知識を高める土台を兼ね備えているかがより見極められていくと考えています。一部には「対策のしようがない入試になる」との声もあるように、今、塾経営者が一番頭を悩ませている部分であることは間違いありません。業態変化を含めリアルに塾での学びを変えていかなければいけないフェーズですが、暗中模索というのが正直なところです。

ただ「基礎学力も大切だ」「基礎学力を疎かにしてはいけない」と変化に否定的なことを述べるだけに終始するということのないようにはしたいですね。「その発言は誰を守ろうとしている?」ということです。

栗原 暗中模索ともおっしゃっていましたが、貴塾では2025年度新課程入試を見据え、いちはやく試行されたプログラムがあると伺いました。

千島 正解が1つでない社会問題について、大学の教授や専門家からレクチャーを受け、解決策を議論・プレゼンするクリエイティブ・ラーニングの講座を中高生に実施しています。

SDGsなどをテーマに行いましたが、生徒たちの様子に感動すら覚えるほどでしたね。大学の教授からは、大学院生でも答えるのが難しいような質問を投げかけられるんですよ。いい答えを出せるかではなく、未知の課題であっても答えようとする意思を訓練しているんですね。チームを組んだ生徒たちは、一生懸命調べて、議論して必死に食らいついていっていました。そのひたむきな様子に本来的な理想の教育の姿を見たように思います。
また、総合型選抜対策など、ある種の入試対策にもなっていると感じました。

塾の教育は、学びの個別最適化がより進んでいくと思います。基礎学力などの学びはAIやデジタルを活用して効率的に進めたうえで、新たに生まれた時間でこういったクリエイティブ・ラーニングに参加してもらいたいとの思いを強くしましたね。それでこそ「基礎学力+専門知識を磨く土台」「形式知+暗黙知」が整えられるかもしれません。

栗原 基礎学力と新しく求められる力と両方を鍛えていくという方針が素晴らしいですね。新課程入試が変わるからとか、これから求められる力が変わるからといって、基礎学力がいらないということではないんですよね。「学ぶべき内容が変わったから暗記は必要ない」といった極端な解釈をする人がいますが、そうではない。「基礎学力」とは何かを定義していくことが必要だと感じます。

千島 おっしゃる通りです。マニアックな知識をひたすら暗記していくというのは確実に違いますよね。雑学をいろいろ知っているからといって基礎学力があるとはいえません。

一方で、基礎学力を疎かにしていては綻びも出ます。表現力やプレゼンが重視されるようになり、パワーポイントでかっこよく体裁は整えられても、基礎学力をベースに深い思考を行っていなければただの”かっこつけ”で終わってしまいます。
必要な基礎学力を定義し、形式知+αで人づくりをする学び舎になっていかなければいけないと考えています。

栗原 私は、塾が基礎学力を担う中で、単なる知識を教えるだけにとどめず、どこまで展開させられるかが大切だと考えています。塾で扱う科目はある種、お題なんですよね。二次関数なら、ただ解答を解説するだけにとどまるか、導き方の多様性を見せることで思考力や柔軟性まで刺激するか……まさに講師の力が重要になると言えるかもしれません。

最近社内でもよく例えて話すのですが、教材や学びの内容は楽譜のようなものだなと思っています。演奏する人によって聞こえ方が変わってくるように、どう教えるか、どう伝えるかで学習する内容の意味づけも異なってきます。教える「人」の重要性を改めて感じました。

目の前のニーズに応えつつも、ビジョナリーな仕事を

千島 世界の教育環境や、日本の競争力の実状に、塾ももっと目を向けていかなければいけないと思っています。

たとえば、スウェーデンでは、高等教育と社会が強く連動しています。実学志向で一定程度即戦力にならなければ大学も卒業できません。賛否両論あるかもしれませんが、1000万人しか人口がいない国の生きていく知恵、生存戦略ですよね。実際、競争力ランキングも日本よりずっと上位につけています。

中国は、2021年に学習塾が禁止に。競争力が高まる産業に適応する人づくりを、国が相当の予算をかけて主導しています。

こういった世界の例がある中で活躍できる子どもを育てていかなければいけないわけです。塾も今自分たちが行っている教育で、世界で勝てる子どもにしてあげられるのかを自問していかなければならないと感じています。

栗原 世界基準に照準を当てると同時に、日本の強みも大切にしていきたいですね。先日、日本が強いと言われている半導体用フォトレジストについて調べていたのですが、ゼロイチの創造的な作業というよりは、徹底的に改善を積み重ねていくものでした。やり続ける強さですね。他国が真似したくても決して追いつけない日本企業の強さとのことでした。

千島 世界の基準、日本の強み、未来の予測など複合的に考えて、教育のあるべき姿を問い直さなければいけないですね。国の競争力が下がり続け、いつ下げ止まるかも見えない状況で、それが教育に紐づいているのであれば、百年の計として取り組まないといけません。民間教育事業者も、目の前のテスト対策や受験対策を大切にしながらも、もっとビジョナリーな仕事を描いていかないと。それがあると、いい仕事をしているという社員の実感も高まるのではないかと考えています。世界との立ち位置の違いを知って、塾自らが学びをアップデートしていきたいですね。

後編に続く>

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