【向学舎対談前編】志は高く、「秋田の教育をもっと良くすること」 全国のトレンドを知り、他塾とも積極的に連携

教育機関向け業務管理プラットフォーム「Comiru」を開発・運営する株式会社POPER代表の栗原慎吾が、全国各地の優れた学習塾の塾長・代表と対談する連載「Comiru 栗原慎吾の学び紀行」。第3回は秋田市13教室、同市外2教室の合計15教室を運営する秋田県屈指の学習塾であるEISUグループを訪問。運営母体である株式会社向学舎グループ代表取締役社長の中村建吾氏と対談し、学力が高いと言われる秋田県内で、中学、高校、大学入試で他塾を圧倒する実績を叩き出す秘訣を聞きました。前編・後編に分けてお届けします。

向学舎グループ
本部所在地 秋田県秋田市保戸野千代田町7-1
会社設立 1971(昭和46)年4月1日
資本金 1500万円
社員数 250名(専任60名 非常勤190名)
事業内容

中学生のクラス指導を行う「秋田英数学院」、小中高の個別指導を提供する「秋田個別指導学院」、中学受験と難関高校・大学を目指す生徒向けの「EISU CLASSIC」、大学進学のための「東進衛星予備校」の他、小学生向けプログラミングスクール・英語教室、小・中学生向けのパズル道場などを展開。中学入試で秋田市上位2校合格者数1位、高校入試で秋田市上位4校合格者数1位、大学入試で県内東大合格者数1位など華々しい実績を残している(2023年度)。

2020年、自塾の理念を全社員で考えて刷新。目標は生徒にとって「学びの母校」となること

栗原慎吾(以下、栗原) 今回は連載の対談を受けていただき有難うございます。最初にEISUグループの紹介をしていただけますでしょうか。

中村建吾氏(以下、中村) 1971年に先代である私の父が設立した塾がルーツとなっています。父が京都で学生運動に参加し、その後帰郷して4畳半一間で始めたのがこの塾でした。教育を通じて地域に貢献したいという思いがあったと聞いています。父は塾の運営と拡大に傾注し、秋田で有数の塾グループに発展させました。

私は、当初は塾講師として参画し、2010年に2代目の代表として事業を引き継いでいます。私が代表になってからも教室やプログラムの拡充に努め、今では秋田県内で有名校への合格実績がトップクラスの塾グループとなっております

栗原 EISUグループのウェブサイトを見ると、「理念」が掲載されており、そのフレーズがどれも熱量が高く、とても感銘を受けるものばかりです。例えば、企業理念として、「地域の教育に対する意識を変え 生徒の夢が実現する機会を与え 生徒の成長する可能性を信じ、応援し続ける 地域にとって唯一無二の存在」になるという意志が掲げられています。あるいは、教育理念を「秋田の教育をもっとよくしよう “情報の発信と共有”」とし、校舎理念を「学びの母校」になること、社員理念を「Impossible→I‘m possible ”今日も良い仕事をしよう“」とするなど、独自性が高い標語が並んでいる印象です。これらの理念は昔からあったものですか。

中村 いいえ、これらの理念は2019年に新たに作り、翌年の20年に発表したものです。策定した理由は、それまで掲げていた理念を、大半の社員が覚えてなかったからです。何か迷った時には判断の基準となるような指針として、全員が腹落ちするような理念に作り替える必要があると考えました。そこで、実施したのが、社員に参加を呼び掛けて、集まった全員で意見を出し合って検討する理念策定会議です。会議には9割以上が出席し、4人1組のグループに分かれてワークショップ形式でアイデアを出し合い、最後にそれぞれが発表するスタイルで進めました。結果、誰かが作ったものではなく、自分たちの思いがこもった理念を作ることができ、より自分事として捉えられる理念が策定できたというわけです。

この理念は社員一人一人が常に胸に秘めると同時に、ウェブサイトなどを通じて発信し、地域に向けた私たちの決意表明としての役割も担っています。

栗原 理念の決め方が非常にユニークですね。全員で決めたからこそ、個々がこの指針を守ろうという意識が芽生え、現場での実効性が高い理念になっているのだと思います。私がまず、とても良い考えだと思ったのは「学びの母校」として塾を位置付けている点です。

中村 中学や高校、大学に進学して、最終的には社会人として世の中で活躍する人材になる中で、「君はどこで勉強してきたの」と聞かれた時に、いの一番に「EISUで学んできたんだ」と言ってほしいというのが、私たちの思いです。もちろん、学習する場としては学校というものがあるわけですが、それ以上に徹底的に学び、自分を成長させ、夢に向かう日々を過ごす場所としてEISUは存在しています。人生を振り返った時にそれぞれの「学びの母校」となることができれば本望だと思っています。

生徒が「教科が嫌い」という状況を覆すために尽力。「分かった」「できた」の総数を増やすことで解決へ

栗原 学びの母校と思ってもらうために行っている独自の施策はありますか。

中村 様々な施策がありますが、根本的なアプローチとして一つ挙げるとすれば、個々が嫌いな教科をなくすことです。例えば、当塾に通い始めの生徒に「数学は好き?」「英語は好き?」などと聞くと、「嫌い」と答える割合は一定数に上ります。けれども、元々教科が嫌いな生徒はいないと思うんです。新しいことを知るのが嫌いという子供はいないからです。そこで、「なぜ嫌いなのか」と尋ねると、もう一つの事実が浮かび上がります。それは、「学校の先生が合わないから」「言っていることが分からないから」と話す生徒がかなりの割合でいるということです。

栗原 私も常々、学校で行っているカリキュラムや教科に不備はないと思っています。むしろそれを教える人だったり、その人を輝かせることができない組織の問題であったりするというのが個人的な見解です。つまり、科目やテキストは全員ほぼ同じだが、授業を行う人や学校によって全く違うものになるということ。音楽の演奏で、同じ楽譜を渡されても、演奏する人によって、感動の度合いが全く異なるのと同様です。良い先生、良い学校は数多いと思いますが、一方で、生徒によっては合わないと感じる場合もあります。

中村 そこで、私たちは教える社員やアルバイトの講師に言い続けているのが、「教科が嫌い」という状況を覆してほしいということです。それにはまず「先生が合わない」という状況をなくすことが重要です。元気に明るく接するのは当然のこととして、個々の性格に合った教え方をすることに力を入れています。さらに、「言っていることが分からない」ということに対しては、かみ砕いて分かるまで時間をかけて説明します。

栗原 教科嫌いを覆すのが塾の先生の役割という方針に対しては全面的に賛成します。

中村 そして、大切なのは、授業が終わる時、「今日はいくつできて、いくつ分かった?」と確認することです。「5つできた」「7つ分かった」といえば、「すごい!」と褒めます。その総数が増えていけば、生徒は楽しくなり、もっと学ぼうという意欲につながります。こうして、どれくらい理解度が上がっているかを自己申告してもらい、実感させることが非常に大切です。今後は、この「分かった」「できた」の総数を生徒ごとに集計し、学習の記録として残すことも考えています。それを保護者に報告すれば、わが子の成長を感じることもできるでしょう。

全ての塾が同じ資料を持って教える状態が“最強” 全国学習塾協会で情報やトレンドを積極的に入手

栗原 もう一つ、理念の中で私が深く感心したのが、自塾だけでなく、秋田の教育をもっとよくすることを目指しており、そのために情報発信と共有を積極的に行うことを掲げている点です。一般的に考えれば、自塾の情報を与えるということはライバルを利する行為であり、企業秘密として隠したいというのが通常の発想ではないでしょうか。

中村 確かにそれは一理あります。従来、秋田市でも塾同士の情報交換は全くありませんでした。しかし、近年は私たちが中心となり、数社の学習塾と意見交換を行う機会を作る試みを進めています。話し合いの中から、自分たちの進む方向性や指導のあり方を見つめ直す好機となり、そのメリットの方が大きいことに気づいたからです。

最近では、オンライン勉強会も開いています。例えば、秋田県公立高校受験分析会といったテーマで有志の塾長が集まり、参加者全員で出題予想問題を共有し、自塾の生徒に教えるような取り組みを行っています。私はこうして秋田県内の塾が同じ受験対策資料を持って生徒に教えている姿こそが“最強”だと考えるのです。それを使って秋田市内の塾に通う多くの生徒が結果を残せば、塾全体のプレゼンスも、秋田の教育の水準自体も上がっていくと思うのです。

栗原 自身の器を大きく構え、惜しみなく情報を出し合うことで、全体のパイも拡大して、それが結果塾の発展につながっていくという考えですね。

中村 まだそこまでの好循環には至ってないのですが、それは私たちが描く理想です。私は出し惜しみが大嫌いです。隠したら、そこで成長が止まるからです。今ある情報をすべて外に出し切り、それが広まれば市場が底上げされます。そのハードルが上がった市場のさらに上に行くために努力することが、自身の成長につながると思っているのです。

栗原 そこまで自分たち自身を追い込む理由は。

中村 実は、秋田県は小学生の通塾率が全国で47位と最下位で、中学生も44位と非常に低いのが現状です。公立高校の倍率がほぼ1倍を切っており、塾に行かなくてもどこかには合格できるという構図が主な要因ではないかと考えています。したがって、私たちはこの構図を変えなければ、次の成長はないのです。そのためにも塾同士が切磋琢磨し、例えば今までは秋田大学を目指していた生徒が東北大学、あるいは京都大学や東京大学に志望校をステップアップできるような教育を小中高で一貫して行い、実績を出すことによって、塾に通う意味を県内に浸透させていければと思っています。

栗原 アウトプットを積極的に行うことによって、市内や県内の市場を活性化させようとしていることはよく分かりました。一方で、インプットはどのように行っていますか。

中村 県内にとどまっていては、入手できる情報も限られます。全国のトレンドや今後の塾業界の方向性を知らずして、秋田の教育を良くすることは不可能です。そこで、数年前に学習塾の全国組織である公益社団法人全国学習塾協会に正会員として入会したのです。定期的に協会のイベントに顔を出して情報を入手し、官公庁の担当者との話し合いにも参加することによって、秋田で実現可能なことを模索し、共有している段階です。

その中で、優れた取り組みだと思ったのが、学校外教育バウチャーの導入です。経済的な事情で子供が学習塾などに通えない家庭に対し、自治体がその費用に使えるクーポン(バウチャー)を月1万円程度助成する制度で、既に、大阪市や千葉市が導入しています。秋田でもそうした制度を導入できないかと考えており、市議会や県議会の議員の方々に対してロビー活動を行おうと思っています。

栗原 学校外教育バウチャーは学習塾の活用を後押しし、教育機会の公平性を保つ意味でも非常に有力な施策ですね。

中村 ただし、これが学習塾に限って使えるとなると、反発も予想されます。私が考えているのは、学習塾の枠を超え、スイミングやピアノ、英会話など学校外での学びに広範に活用できる仕組みにすることです。そうすれば、多くの業者から賛同を得られる可能性が高まり、制度が実現に向けて動き出すと考えているのです。

栗原 そうした中で、EISUならではのカラーを出すことも重要になってきますね。何か模索している新たな施策はありますか。私がもしEISUの経営者の立場であれば、毎年輩出している東大生を塾のOB・OGとして組織化して、活用することを考案したいところです。

中村 なんと、実は私もそのことを考えていました(笑)。例えば、EISU出身者で東大に通う学生にアルバイト講師になってもらい、オンライン上で指導できる仕組みを整えれば、それは私たちならではの価値であり、強みになると思っています。生徒も講師もアバターとなってメタバース空間で授業を受けるようなイメージです。まだ、構想段階ではありますが、塾に通わない家庭が多い中でも、そうやってEISUでしか体験できないこと、EISUに通う意味を創出して、エリート教育にも注力できればと考えています。

後編に続く>

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