[9]スター・マーケティングを応用し生徒数を獲得したI塾

監修いただいた先生

 マーケティングの手法に、「スター・マーケティング」という分野があります。文字通り、スターを輩出することで知名度をUPさせる方法です。とあるダンス教室の指導者は、自らのプロフィールに「郷ひろみと共演」と書いてあります。実態は某歌番組に出演した郷ひろみのバックダンサーを務めただけのようですが、それでも箔が付くというものです。

 

 塾業界にもよく似た事例があります。昔、私家の近所に小さな塾がありました。おばちゃん先生が面倒見良く指導するアットホームな塾でした。夏季になると、早稲田大学に通っていた作家志望の息子さんも帰省して指導していました。その息子さんが32歳の時、直木賞を受賞したのです。それ以後、生徒数は大幅に増加し、小さな塾は三階建てのビルになりました。これも、スターを輩出した効果の一つです。

 

 私が顧問先のH塾長から相談を受けたのは5年ほど前のことです。近隣のI塾が苦戦をしているようなので、面倒を見てくれないかと言うのです。聞けば、I塾の塾長は大手塾の教室長まで務めて退職、地元に戻って開業したのですが、なかなか生徒が増えず、今はH塾で講師のアルバイトを兼務している状態です。親子ほども年齢が違う若いI塾長を、何とかしてやりたいという親心?なのかもしれません。

 

 要請を受けた私は、早速I塾長と面談し、塾の現状をお聞きしました。I塾は開校して7年、一度も黒字になったことがなく、当時の生徒数が17名(自立型個別指導)という惨状でした。ただ、I塾長は大手塾の教室長を務めた経験があるように、教務に関しては充分な能力を持っていることが分かりました。また、生徒ひとり一人に合わせたカリキュラムの作成にも長けていました。そこで私は一計を案じます。

 

 I塾長を紹介してくれたH塾長は、地域でも定評のある個人塾の経営者で、知名度もありました。そのH塾長に協力を仰ぎ、全くの任意団体「全国〇〇研究会」を立ち上げ、I塾長を会長に、H塾長を副会長に就任させたのです。会のホームページも作成し、I塾のチラシにも「〇〇研究会・会長」とキャプション付きの写真を掲載しました。近隣の高校正門前の立て看板が空いていましたので、そこにもI塾長とH塾長の顔写真と研究会の肩書を添えた塾広告を出しました。

 

 地域で有名なH塾長を利用してI塾長をT-UPする、いわゆるスター・マーケティングを展開したのです。その効果はスグに表れ、生徒から「I塾長って凄い人だったんだね」という声が聞こえるようになりました。計画的なチラシ投入も進めた結果、2年後にはI塾の塾生数は70人弱、有料自習室の利用者も含めて約100人規模の塾になったのです。

 

 スター・マーケティングは、数あるマーケティングの中でも効果的な手法の一つです。しかし、それだけに諸刃の剣です。私は安易にスター・マーケティングを勧めることはできません。

 

 かつて、タレントショップが華やかな時代がありました。アイドルがファンシーショップを開いたり、俳優がカレー屋さんを開業したりしました。しかし当時のタレントショップは「名義貸し」に近いものがあり、当のタレントはオープン日に「一日店長」として顔を出すだけで、後は他人任せです。オープン日はタレント見たさに多くの客が殺到しますが…。

 

 さて、肝心の商品、例えばカレーが不味かったらどうでしょう。開店日に客を集めれば集めるほど、「あの店のカレーは不味い」という評判を早く広めるだけです。目的のタレントは二度と店には顔を出しません。そんな店にカレーを食べにくる客はいないでしょう。早期閉店に追い込まれるのは必然です。

 マーケティングとは「商品の良さ」を早く正確に知らせる手法のことです。当然、「商品の悪さ」も早く正確に知らせることになります。郷ひろみと共演したダンス・スクールの指導者も、ダンスの指導が優れていたからこそ「郷ひろみと共演」が効果を発揮したのです。I塾も同じです。私はI塾長の指導力を認めた上で、スター・マーケティングの実施に踏み切ったのです。

 

 ビジネスの基本は「商品力」と「販売力(マーケティング)」ですが、その重要度は8:2です。あくまでも強い商品力が前提です。ただ、今のような買い手市場のマーケットでは、販売力のない企業(塾)は集客に苦労するのです。I塾のように。

 

 かつてのように、塾業界が売り手市場だった時には「良い授業をしていれば自然と生徒が集まってくる」という考え方でも塾経営は成立しました。今は市場環境が違います。それでも、商品力が8割という原則に変わりはありません。常に商品力の向上を図り、その上でマーケティングにも最大限の力を注入してください。

連載記事