監修いただいた先生
「作用・反作用の法則」は物理で習う基本法則です。あなたが壁を10㎏の力で押すと、壁もあなたを10㎏の力で押し返します。それが作用・反作用の法則です。この法則は人間関係の中でも生きています。あなたが「こんにちは」と言えば、相手も「こんにちは」と返してくれるはずです。
30年ほど前のことです。当時の役所はまだ、デジタル化が進んでいなかったため、大半の書類作成を手作業で行っていました。そのため、住民票等1枚の証明書をもらうのに随分と時間が掛かったものです。その日私は、会社の印鑑証明をもらいに法務局へと足を運びました。窓口には長蛇の列、私は1時間コースを覚悟しました。列に並びながら窓口を見ていると、20代と見られる若い担当者が忙しく対応していました。ところが忙しさのあまりか、来訪者の顔を見ず、仏頂面のまま左手だけを差し出して「はい、次」と言うではありませんか。その後も手元の事務作業に視線を落とし、目を逸らしたまま書類を渡しています。当時は「お役所仕事」という言葉があるように、公務員の一般市民に対する横柄な態度が問題になっていました。「ここもか…」とうんざりした私は、列に並びながら「どうにかして担当者の顔をこちらに向かせたい」と作戦を練りました。
やっとのことで私の順番が来た時、やはり担当者は手だけを出して「はい、次の方」と言います。私は精いっぱい活舌良く、「お願いします!」と声を掛けました。担当者はびっくりした顔をして私を見ました。作戦成功です。書類を受け取るときは満面の笑みで「ありがとうございます」と…その時です。それまで不愛想な顔しか見せていなかった担当者が、にっこり笑って「ご苦労様です」と言ってくれたのです。その時私は全てを了解しました。
コミュニケーションの要諦がココにあります。「最近の若い講師は、私と会ったとき挨拶もしない」とぼやく塾長がいますが、ぼやくよりもこちらから挨拶をすればいい。「おはよう!」と笑顔で言えば、相手もきっと「おはようございます」と返してくれることでしょう。職責上、あなたが上司かもしれませんが、上司から挨拶をしてはいけないというルールはありません。あなたが積極的に挨拶することで、誰もが挨拶を交わす風土・文化が塾内に作られます。
作用・反作用の類似法則に「お返しの法則」があります。人は誰でも、誰かから恩や厚意を寄せられると、お返しをしないと気が済まないという性質を持っています。日本人は特に顕著なようです。以前、近所に住む顔見知りの姉妹(中学生と小学生)にバレンタイン用のチョコレート(取引先配布用に入手)をあげたことがあります。私としては何の他意もなく渡したのですが、後日、母親がコーヒーを持ってきてくれました。かえって恐縮してしまったのですが、母親の気持ちも解ります。貰いっぱなしでは気が済まないのでしょう。結婚や出産のお祝いに対する「半返し」などの習慣も、そうした心理的負担を軽減するために生まれたのだと思います。
ある地方の政治家は選挙期間中、安いシャツを何枚も移動車の中に用意していたそうです。移動中、畑仕事をしている有権者を見つけると車を降り、その作業を手伝うためです。真っ白なシャツを泥だらけにすることで、「清き一票」をゲットするのです。これも、お返しの法則に則った行為です。
私が塾経営の現役だった頃、新教室開校に際し「卒塾まで授業料半額のモニター生」を募集したことがあります。開校チラシにその旨を目立たぬように表記したのですが、入塾希望者が殺到しました。その中の多くの生徒&保護者が、何人もの紹介生徒を連れてきてくれました。どうやら「破格の授業料で通塾させてもらうのが申し訳ない」という思いが働いたらしいのです。これも「お返しの法則」でしょう。
人と良好な関係を築くコツは、こちらから作用(働きかけ)をすることです。そうすれば必ず反作用(反応)があります。相手からのアプローチを待つのではなく、こちらから積極的に声を掛けることです。ビジネスの場でも同じです。塾はマスタービジネスと言われます。確かに「先生」と呼ばれる職種ですが、それは「八百屋さん」「魚屋さん」と同じ符牒のようなものです。「最近の若者は挨拶も碌にしない」と嘆くより、あなたから積極的に声を掛ける。授業料を貰ったからサービスを提供するのではなく、サービスを提供することで対価(半返し)を頂く…そんな謙虚な姿勢がビジネスを良好にするコツなのです。