監修いただいた先生
以前もお話したことですが、塾は典型的なマスタービジネスです。
マスタービジネスとは言い換えれば専門家ビジネスです。専門家が一般の人に対して専門知識(技術)を提供するビジネスのことです。世の中の「先生」と呼ばれるビジネスは、(政治家以外の)すべてがこれに当てはまります。医者、弁護士、税理士…などです。加えて言えば、これらはニーズによって成立するビジネスです。そして、このニーズによって成立するビジネスは、顧客からすれば「できることなら関わりたくない相手」でもあるのです。
好き好んで医者や弁護士のお世話になりたい人はいません。できれば、病気や事件とは無縁でいたいものです。塾も同じです。どの保護者も、可能ならば塾の世話にならずに過ごしたいと考えています。しかし、子どもの勉強に関する問題や悩みを解決できないので仕方なく、専門家である塾を頼ってくるのです。そう理解すれば、我々塾の、人の為すべきことが見えてきます。
まずは何はともあれ、専門家としての力量を身に着け、常に向上させなければなりません。とある大手塾の新人講師は、配属された地域にある中学校の定期試験、5年分を解くことが最初の業務になっています。ある地方の個人塾の経営者は、過去10年分のセンター(共通)テスト、主要大学の入学試験を毎日研究しています。その塾から毎年のように、東大・京大・阪大等TOPレベルの大学に合格者を輩出しているのも頷けます。まずは学習指導者としての力量を身に着けることが最優先されます。
ただ、それだけでマスタービジネスは成立しません。たとえ指導者に問題を解く力量があったとしても、実際に解くのは生徒です。例えば悪いですが、「馬を水辺に連れていくことはできても、水を飲ませることはできない」と言われるように、生徒自らが勉強し、技量を高めるように指導できなければ、優秀なマスターとは言えません。生徒のモチベーションを高め、自主性を発揮できるような対応力を身に付けることが必要です。
マスターとは古い日本語で表現すれば「師匠」です。相手は「弟子」ということになります。塾の場合、生徒だけでなく保護者も弟子の立場にあります。そして師匠は弟子から尊敬される存在でなければなりません。ただ単に、学力が高く教え方が上手いだけでは尊敬されません。人格者…と言っても、いわゆる堅物ではなく、人間的魅力を持った人格者でなければなりません。仕事にも趣味にも情熱を持ち、常にイキイキと前向きに過ごしている人です。けっして愚痴や人の悪口を言わず、人のどんな悩みや問題も受け止める包容力のある人です。
そして何より、そうした理想のマスターを目指して日々努力する向上心と行動力を持った人です。
マスター(師匠)には揺るぎない信念があります。「この勉強法が最も効果的だ」という信念です。もちろん、この勉強法が最も効果的かどうかを証明することはできません。しかし、スポーツの世界で言うインフォームドコンセントは学問の世界でも通用します。生徒が「この方法で本当にいいのだろうか」と疑問に思いながら勉強したのでは、その学習効果は半減します。先生の言う通りにしていれば間違いないと思わせる説得力も、マスターに必要な能力です。
保護者の求めに応じて宿題を増やしたり、居残り学習を受け入れたりするのは、一見面倒見の良い塾のように思われますが、それは信念のない塾の裏返しです。ご自分の指導に自信があれば、「お母さん、当塾は適切な宿題を指示しています。お子さんに本当に必要があれば対処しますので、少しの間お子さんを見守ってあげてください」と言えるはずです。
誤解を恐れずに言えば、教育の世界に「唯一の正解」はありません。どんな正論を吐いても相手が納得しなければ意味を持たず、正解とは言えません。相手が「なるほど、そうですよね!」と受け入れて初めて、その言葉は意味を持ちます。
こうしたマスタービジネスに必要な要素を別の言葉で表現すると、「リーダーシップ」と言い換えることができます。頻繁に使われるリーダー、リーダーシップという言葉ですが、本当の意味を理解せずに使っている方が多いものです。次回はリーダーシップについて解説します。塾人(塾経営者)にとって必要不可欠な要素です。その意味を知ることで、きっと行動(ふるまい)も変わってくることでしょう。