
コミマグ編集部が、全国各地の塾・スクール経営者の塾・スクールづくりへの思いや取り組みを聞く「学び紀行」。今回は「日本の教育を変える」という企業理念を掲げ、グループ会社全体で91校舎を展開する教育企業、株式会社 わ の常務取締役・水谷将之氏にお話を伺いました。
▼企業紹介
2009年創業。Change Japanese education『日本の教育を変える』を企業理念に掲げ、グローバル社会の中で自分の価値を創れる人材育成を目指す。個別指導学院「Hero’sヒーローズ」を全国に64校舎、グループ会社全体で91校舎を展開。(2026年3月現在)
▼水谷将之さまご紹介
愛知県出身。日本福祉大学社会福祉学部卒業後、救急病院の事務長職を経て2003年青年海外協力隊へ参加。帰国後大手人材教育コンサルティング会社に勤務。
2016年4月株式会社 わ へ入社。2017年12月取締役就任。2021年12月常務取締役就任。
福祉を学びソーシャルワーカーになったのに、気づけば病院事務局長に!
僕が「わ」に参画したのはちょうど10年前、2016年の4月でした。ここにたどり着くまでにいろんな経験をしてきました。
大学で社会福祉を学んでいた僕は、子どもたちの人生に深く関わる仕事に魅力を感じ、児童養護施設の指導員になろうと思っていました。
ところが、実習で現場を経験した世界はとても狭く、自分の性格には合わないような気がしたんです。そしてもう一つ、福祉は社会の受け皿。なくてはならない大切な場所ですが、そういう子ども達を生み出さない活動も大事なことなんじゃないかと思ったんです。問題の渦中にある時にお役に立てないかな、と。
でも現実的にはその部分に介入することはなかなか難しい。「子どもが幸せになるために、夫婦仲良くしましょうよ」と説教するわけにもいきませんから。自分が目指す方向と違うなと思って、他の道を探しました。
困っている人の相談に乗ったりアドバイスしたりする仕事をしようと、つまり問題の渦中にいる人の問題解決業をしようと、ソーシャルワーカーとして病院に勤務することにしました。ところが入って1年半、25歳の時に事務長になってしまいました。
病院の事務長というのは、一般的には40歳を過ぎて、経験と実績を多く積んでから座る席です。当時の僕はまだまだ若いし、当然実力不足。人間関係が構築できていたわけでもないし、経営手腕もありません。それなのに、偉い先生方に頭を下げられ、製薬会社の方に接待される立場に…。
年収も高い安泰な居場所を手に入れたけれど、これでいいのだろうかと悩みました。今の自分は社会の役に立っているのだろうかと…。たくさん失敗もしました。それで、もうちょっと勉強が必要だと思い、思い切って青年海外協力隊に参加することにしたんです。自分の肩書きも知られていない、言葉も通じない異国の地へ行き、ゼロベースの環境に行って、自分の実力を磨きたかった。家族や友人には猛反対されましたね。唯一応援してくれたのが今の奥さんでした。
すぐ受かると思ったら、なんと3年かかりました。合格したのは29歳の時です。「サッカーを通して青少年育成をする」というその枠の倍率は30倍でした。この3年間は朝5時からバイト、昼から図書館で英語の勉強、夕方から母校のサッカー部で実務経験を積み、夜は深夜まで居酒屋でバイトです。どんなに大変でも夢があれば人は活き活き生きられるんだということを知った3年間でした。大学生のアルバイトに「水谷さん、いい歳して何やってるんですか?」なんて言われて、「夢があるんだ」と真剣に答えていましたね(笑)。でも本気でやってると応援してくれる人が少しずつ出てくる。僕に影響されて協力隊に行った後輩もいました。真剣に努力する姿って、本人以上に周りにいい影響を与えると思います。それが教育の本質なんじゃないでしょうか。
子どもは大人が創る社会を見て学ぶ
海外での子どもたちへの教育はまさに念願でした。赴任したのは当時内戦中のスリランカ。子どもたちに将来の夢を聞くと、「軍隊に入って敵をやっつけたい」とか「観光客相手にお金をぼったくりたい」って言うんです(笑)。彼らにどんなに素晴らしい教育をしても、結局、スリランカという国の大人が創る社会を見て学ぶんです。大人の姿を見て将来の目標を決めるんです。この頃から「大人や社会がどう在るべきか」を考えるようになりました。
日本の子供たちの未来をどう育むかの前に日本の大人の教育の必要性を感じました。「先生」とは「先に生きる」と書くように、「先に生きる大人が子供たちの先生である」ことを仕事にしたいな、と思いました。
日本の未来のために人材育成会社へ
任期を終えて帰国し、いわゆる社会人の人材教育会社に入社しました。直接的な子ども教育とは一段階離れましたが、日本の未来のためにはここが大事だと思ったんです。研修講師や営業、企業内レクチャーなど、ここでもいろいろな勉強をさせて頂きましたが、10年間勤め、家庭の事情で退職しました。自分でもすごくがんばったと思います。営業成績や研修運営などで何度か表彰も頂き、ありがたいことに現「株式会社わ」の松田社長に、その姿を見て頂いたことが、今に繋がっていると思います。
「わ」への参画は運命だった。「日本の教育を変える」道へ
「わ」は、自分が担当させて頂いたクライアントでした。「教育熱があるのにもったいない、同じ教育業のうちに来ませんか?」と声をかけてくれたのが社長でした。「わ」も7期に入っていて事業は急速拡大中。いよいよ社長1人では大変な時期だったと思います。既に決まっていた次の会社を蹴って入社を決めました。
「わ」が掲げる『日本の教育を変える』というのは、国の教育制度や仕組みを変えるということではありません。先生と呼ばれる大人が、子どもたちにとって憧れの人になること。子どもの教育はとても大切ですが、その教育に携わる大人が魅力的でかっこいいこと。そのために人材教育が大事。「わ」が向かう方向性は、まさに自分の求めるものでした。そして、クライアント担当として、「わ」の課題、社長が抱える悩みを理解していたことも、入社のきっかけになりました。
企業改革のはじまり
入社させて頂き、強みと同時に改革すべき課題も多くありました。これから更に成長企業にしていこうとした時に創るべき基盤やルール・社風、仕組みや達成すべき目標などです。まず、ビジョンや会社が目指す方向性の統一を計るため社員一人一人と面談し、「今からこういう舟を走らせようと思っているんだけど、一緒に乗ってくれるかどうか」ということを話しました。
最初は、いきなりやってきた“よそ者”という雰囲気が否めませんでした。それはそうでしょう(笑)、塾業界未経験者が偉そうなことを言っても誰もついてきません。だから、私も教室長としてスタートです。まず自分が姿と成果を示すことで、少しずつ周りに受け入れてもらえたような気がします。
業界の多くの教室長は営業が苦手です。そもそも営業がしたいのではなく、勉強を教えたくてこの業界に飛び込んでいると思うからです。それでも、顧客満足と顧客拡大は両輪です。全生徒の成績が上がっても教室に10名20名しか在籍してなかったら教室は撤退です。結局生徒数が多いか少ないかでしか顧客満足度を測れないのも事実です。そこで、まず僕は全社での月1回の営業勉強会を開催しました。やり方手段ではなく、まず営業という「創客活動」がいかに大事であるかというマインドチェンジから始めました。結果は明確で、その直後の季節講習はあっという間に昨対140〜150%の達成率でした。「やればできるんだ」「成功するやり方があるんだ」と気づくことで、組織の雰囲気が変わります。営業で結果が出ることで、「お客様からお金をいただくことの価値」を感じるようになります。
もちろん、改革には人の入れ替えも必要でした。舟に一緒に乗ってもらう人、降りてもらう人、これはリーダーとしていつも決断を迫られる苦しい場面です。まずは自社に必要な人材像を明確にし、採用活動に力を入れていく。僕もすべての面接に入りました。
舟を降りた人もいます。誰かが抜けたら、自分の責任として新しい人が決まるまで僕が教室長を複数担当したこともありました。2、3校を受け持ちながら全国のクレームを一手に引き受けたり、社内の研修制度を作りながらあいまいなルールを明確にしたり仕組みを新たに作ったり…。正直あの頃はとてもしんどかった。でも「海外に行くために3年頑張ったのだから、何があっても自分は3年は頑張れる」そんな思いがいつもありました。非常に難しいミッションでしたが、なんとか乗り越えられたんじゃないかなと思います。そして何より社長への想いも大きかったです。
社長が僕に権限をくれて、僕を信じて下さり自由にやらせてもらったことが大きいと思います。社長にとっては、自分が採用した社員が舟を降りてしまうのを目にするわけですから、きっとすごく辛かったと思うんですよね。それでも、何も言わずに信じてマネジメントを任せてくださった。これが社長の器というか、尊敬と感謝しているところです。だから絶対結果を出さないといけないし、会社を成長させていくことで恩返ししないといけない。絶対に裏切ることはできないんですよ。
やりたいことと向いていることは違う
今は教室運営に直接関わってはいませんが、社員を育成することで、その先の子どもたちに良い影響を与えることができると信じて社内の人材育成をしています。人って、やりたいことと向いていることって違うと思うんですよね。多分僕は結局社会人教育の方が向いているんですよ。それを自分の特性、天命だと思って、大人の人材育成を諦めないという覚悟を決めました。
正直、現場を離れるのは寂しい気持ちがありました。本当にやりたかったことは直接毎日子供たちと触れ合っていたい。子供が好きですから。管理職になった人はみんな同じ気持ちではないでしょうか。しかしそれはその先にいる多くの子どもたちを幸せにするための大事なステップだと思います。ここでまた新しいビジョンやミッションを使命感として持つ。だから、今現場で頑張っている若い人には、いつかそこを離れる日が来るから、今を存分に楽しんでほしいですね。
「わ」の強みはツートップのバランスと社員の人柄
「わ」の強みは2つあると思っています。まず1つ目は、社長と僕の関係性、バランスがとても良いこと。僕たちは役割も違うし、キャラも違う。社長は、どちらかと言うと、道のないところに道を開拓していくのが得意なタイプ。だから、僕が難しいと思うことも、「やります!」と言って未来を創っていくタイプ。経営者としては理想のタイプですよね。一方の僕は、社長が進むまだ道になってない道を、他の社員でも通れるような道に整備し、分かり易く進みやすく水平展開するほうが得意なタイプ。具体的には、仕組みを考えたり、定着させたりする役まわりです。BossはLeaderに簡単なことを難しくして指示するのが役回りだと思いますが、Leaderは現場に難しいことを簡単にして降ろすことが求められます。
成功確率が仮に50%でも社長がチャレンジしていくってとても大事だと思っていて、トップがトップスピードで走ると、現場も動かざるを得ないんです。僕の役割は、社長のスピードに、時にはブレーキをかけたり、時には社員にスピードアップを促したりすること。社長の強みはカリスマ性、器の大きさ。対して僕の強みは、緻密さと問題解決力。タイプは違えど理念で繋がっている。このバランスの良さが、会社の強みになっていると思います。
2つ目は、現場が前向きなこと。「わ」は現場の社員に支えられています。現場には現場の苦労が必ずあります。それは僕も現場を経験したからよく分かっています。しかしわの社員さんはシンプルに、“良い人”が多い。「誰かが困っていたら助ける」とか、「やると決めたら最後まで努力する」「何事も自分の成長として捉える」というような、純粋さが際立っています。社員が人としての魅力磨きを怠らないこと、これも会社の強みです。人は社風で育ちますから、結局その先輩たちの社風によって近年入社してくる新卒のレベルが年々上がっています。今後はその優秀な新卒レベルに見あう幹部のスキルアップが課題になっていくと感じています。
革新に必要なのは誰にも負けない熱量
会社を革新するには、熱量が何より大事です。最初大変だったのは、現場の熱量をコントロールすることでした。
みんな、教育がしたくて入社しているから熱量はあるんです。その個々の熱量を会社が向かっているビジョンの延長線上にすり合わせてあげることです。その上でまず自分自身が一番熱くいることが大事。自分が60℃なのに現場に100℃でやれ!なんてのは先に生きる大人として全然カッコよくない(笑)。自分が100℃でも現場に行くにしたがって温度が下がるのが当たり前なのだから、現場に100℃の温度感で動いてもらいたいなら自分は200℃くらいでいないと。別に熱くビジョンを語れとかいうわけではなくて、社員の誰よりも会社が好きとかお客さんを大事にするとか日本の教育を変えたいという情熱は持っていないといけないと思います。
帰属意識を高め、社風を作る
企業改革の一歩目は「自分は組織に属しているんだと」という意識改革。そのために、まず社内のルールや決め事を作っていきました。ルール設定する上で大事なのは「社員に説明できないことは絶対にやらない」です。どうしてこういうルールを作ったのか、このルールがなかったらどういう問題が生じるか、そういうことを経営サイドが説明できることが大事です。「なんとなく」とか「よく分からないけどとりあえず」「昔からあるから」というのは社内に不満と不公平が溜まります。
「組織に属する」というのは籍があることを言うのではなく、組織のルールを守ることで組織の一員と言えるからです。
そこから帰属意識が高まり、自分さえ良ければいいという考えを無くしていくことから助け合いやチームワーク、良い社風が生まれます。
意識改革が成功したと思える例を一つご紹介します。「わ」には『お助掲示板(おたすけいじばん』というものがあります。これは、教務上の疑問、「生徒に聞かれたけれどどう説明するべきか」「もっといい教え方はないか」などをその場で質問するためのコミュニケーションツールです。いくら先生でも、答えられない問題はありますからね。
これを作った当初はまったく機能しませんでした。それは仕組みの問題ではなく、仕組みを利用する先生サイドの意識の問題でした。「先生は聞くべきではない」「知らないなんて恥ずかしい」という固定概念、プライドがあったんだと思います。しかし本当に大事なのは先生のプライドでしょうか?今目の前の困っている生徒に最善の回答をしてあげるという目的のために、「顧客のために」全社一丸で回答を出してあげる。そのために先生が先生に質問しても良いですよね。そういう仕組みの意図さえ理解できればみんな活用します。今では誰かが質問したら、スピーディに全国の社員が反応するようになりました。自分の教室のことだけではなくて、仲間の教室のためにも動く。組織全体でお客さまに向き合うというマインドイノベーションです。
「わ」の人材育成システム
次に取り組んだ改革は、やるべきこと・できること・やりたいことの順番を決めること。人って基本的にやりたいことをやりたいですよね。でも、順番が違うと上手くいきません。最初はやるべきことをやる。やるべきことをちゃんとやれば、できることが増えます。できることが増えたら、やりたいことをやらせてもらえるようになる。これが社会の原理原則です。これを落とし込むことが人財育成を加速させるマニュアルみたいなものです。求める人材像を明確にして、社員の「やるべきこと」を日々の業務に落とし込み、「できること」を勉強会や研修、人事面談で確認していく。そして「やりたいこと」を1on1面談や企画提案書などで実現していく。これが「わ」の社員育成システムです。
僕たちはスペシャリストではなく、ゼネラリストを育成しています。ですから、人材育成のコンセプトとしては、若いうちに得意なことも苦手なことも失敗の数もできるだけ経験してもらいます。スペシャリストの育成は、企業にとっては早く成果を出してもらえるので楽でしょう。しかし一方で将来の若者の可能性を狭めることにもなりかねません。仕事をしていれば必ず苦手なことに直面します。それらを克服できるような育成をすることで、若い世代の可能性を拡げてあげたいんです。ゼネラリストの育成は時間と労力がかかりますが、僕らは人材育成業ですからね。人の可能性を伸ばす仕事ですから。そういう経験をした先生が子どもたちに「苦手な数学をがんばろう!」と言ってあげられます。 現在、フランチャイズ事業など、多方面で事業展開を続けていますが、これは今後も継続していこうと思っています。その目的は、もちろん企業理念の実現もありますが、社員の活躍の場を増やしたいからです。ポジションを増やすことで、社員に経営参画することの喜びを知ってほしいと思っています。
日本の教育を変えることができる大人を育てる。「わ」は教育という軸で、これからも成長していきます。
(編集後記)
とにかく努力家の印象が強かった水谷さん、それを支える信念が、高校生の時にお母様に言われた言葉だそうです。
「学生はお金を払って勉強させていただく。社会人はお金をいただいて勉強させていただく。お金をいただくからには、人のためになることをしなさい。」
会社改革には熱量が大事、と教えてくださいましたが、水谷さんの人生が圧倒的な熱量で、人のため、社会のために突き動かされているのだと感じました。



















