前編では、個別指導塾の人気の高まりと、塾講師の採用の難しさについて、元大手塾経営者である経営アドバイザー大澤一通先生に伺いました。学生を取り巻く環境なども踏まえながら、それでも優秀な講師を採用するにはどうすればいいのかについて解説いただきました。後編では、大澤さんご自身の経験から、優秀な講師を見極める方法について伺います。
監修いただいた先生
大学生の学力低下。有名大学だから優秀とは限らない
———前編では優秀な塾講師の集め方について伺いました。次に、優秀な塾講師の応募者の見極め方について教えてください。
有名な大学だから学力的には講師として十分だろうと思って採用しても、そうではなかった、ということがよくあります。理由はいくつか考えられますが、まず一つに、大学生の学力低下が挙げられます。
現在、大学入試形態は多様化しています。AO入試、附属出身など、言ってしまえば、高校時代に必死で勉強せずとも大学に入ることができたという学生が少なからずいます。少し前なら、有名大学の学生なら学力は高いだろうと判断したかもしれませんが、今はどういう入試形態で大学に合格したまで調べないと、学力が測りきれないということがあります。採用してから学力が足りないというのでは困ります。
“勉強ができる”と“教えられる”は必ずしも一致しない
一方で、学力的には申し分のない学生が、意外と教えるのが下手だというケースもあります。学力の高い大学生には“三単現のS”がわからない生徒の気持ちがわからない。なぜわからないかがわからない(笑)。「自分も苦手だったけれど、こうやって克服できた」という経験を、生徒とシェアしてくれるような学生の方が頼もしい場合もあります。
個別指導塾は生徒と講師のマッチングがすべて。いろいろな講師がいていいんですが、最低限のペーパーテストは必要です。
———学力に加えて、コミュニケーション能力も必要です。テストや面接は具体的にどんな内容がいいでしょうか?
テストは難解な問題である必要はなく、これくらいはできていて欲しい、というレベルで十分です。個別指導に関しては、コミュニケーション能力や人柄の方が大事です。生徒の横に座って会話するとなると、身だしなみや、清潔感が実はとても重要です。生徒が女の子なら、できれば講師も女性がいいですね。
そして、問題が解けることと、教えられることとは必ずしも一致しません。わたしは、テスト問題の中から1問だけ、学生に解説をさせていました。
例えば、1㎡=10000㎠になる理由を生徒に聞かれたらどう答えますか?といった問題です。教えるスキルは、学力よりはむしろコミュニケーション能力といってもいいでしょう。
ここまでの内容をまとめると、選考で具体的にみるべきポイントは、
・最低限の学力
・コミュニケーション能力
・清潔感
この3点です。ただもう1点しっかりとみるべき点があります。
塾の理念や思いを伝えた時の学生の反応をよく見る
それは、塾の理念や考え方への共感です。学力、コミュニケーション能力、清潔感などが合格ラインに達した学生には、塾の理念や大切にしていることを丁寧に伝え、学生の反応を見極めていました。反応が薄い場合は不合格です。
中には「そんな話はいいから、早く本題に入って」という態度が見え隠れする学生もいます。ちゃんと頷いて聞いているか、目を輝かせてくれるか、態度でわかるものです。すぐに理解できないとしても、なぜそれが大切なのか質問したり、感想が言える学生なら問題ありません。
もし、その共感がないとすると、生徒に一番近い場所にいる講師が塾の文化や考え方と反したことことを伝えてしまったり、また、大切なことを伝えてくれないという状況になります。そのような、反乱分子になりそうな学生は、まわりにもいい影響を与えません。誰も聞いていないと思って「塾の言うことはきれいごとだ」なんて言う講師も実際いるのです…。そこまででなくても、「教室長は夏休みこそ勉強しろっていうけれど、今しか遊べないから遊んだほうがいいよ」などと伝えてしまうことは、比較的身近な話ではないでしょうか。
———学力、コミュニケーション能力、清潔感、塾の理念や方針への共感。優秀な講師を見極めるポイントですね。
そうですね。あと一つ、特に受験生を受け持つ学生に、スタンスとしてお願いしていたことがあります。それが「自分49対生徒51」です。生徒の成績を上げることも大事ですが、もちろん自分のことも大切です。それでも、1ポイントだけ、受験生を優先してほしいというお願いです。スケジュールを調整するときなど、少しでも生徒を優先しようとしてくれる学生は大変重宝しました。生徒思いの性格の良さも一緒に働く仲間としては大切なことです。
———そのような学生の本音を、面接で引き出せる、とっておきの質問はありますか?
「生徒から、どうして勉強しなきゃいけないのか聞かれたら、どう答えますか?」という質問はよくしていました。模範解答は特にありませんが、そう言われて育ってきたんだなとか、その学生のバックボーンや勉強に対する考え方がよくわかります。
塾の方針から外れる講師は注意。サービス業としての振る舞いも
———学生の見極めについて、よくある失敗例や気をつけるべきことを教えてください。
講師個人の考え方や自身の成功体験をもとに指導されてしまうと困ります。塾には教科ごと、もしくは生徒に合わせた勉強の仕方があります。個別指導の授業はほぼ1対1ですから、ついたての向こうで勝手にやられてしまっては介入もできません。自分のやり方に固執せず、他者を受け入れる柔軟性と素直さがあるかどうかも、会話を繰り返す中で見極めたいポイントです。
入社後の話ですが塾はサービス業であるという自覚を持たせることも大切です。若干18歳で“先生”と呼ばれると、ちょっと勘違いしてしまうものです。新入社員にもよくありますね。保護者はお客様だと叩き込んでください。ちゃんと挨拶をすること、サービス業としての振る舞いは徹底させることです。
オンライン授業の発展が講師採用にもたらすもの
———昨今ではオンライン授業も選択肢の一つに講師採用に与える影響はありますか?
そうですね、今後どうなるかはわかりませんが、授業のオンライン化が急速に進んでいます。講師採用に与える影響も大きく、大学の授業が忙しくてシフトにはいれなかった講師がスキマ時間で入れるようになったり、地方から都心に進学していった講師がオンライン上で指導することができます。
特に地方の個人塾にとっては上手く活用するとビジネスモデルそのものを変えるチャンスなのではないかと見ています。例えば地方で志望校の講師が教えてくれるという塾があれば大きな付加価値になるのではないでしょうか。
学生とゴールシーンを共有し、パートナーとして共に目指す
———次に、講師のモチベーションの上げ方について伺います。前編で、学生主体の企画で疑似社会体験をさせるというお話もありましたが、彼らの働くモチベーションをどう上げるか、他にいい方法はありますか?
ゴールシーンを共有することは大切だと思います。どうすれば時給が上がるのかという待遇面のゴール設定はもちろん、モチベーションにつながるでしょう。他には、待遇とかぶる部分もありますが、リーダーへの昇格など、経験や裁量という直接金銭につながらないゴールを共有することも必要です。
例えば、授業開始前の号令や塾への提案など、リーダーにしか許されない仕事があったとします。教室長が不在時には、学生のリーダー講師が教室長代理として立ちます。教室長代理はスーツを着なければなりません。これがかっこいい(笑)。やる気のある学生は、自分もリーダーになりたいと思って頑張ってくれます。
また、言われたことを言われたままやるのは面白くありません。塾や生徒に対する思い、教室をもっとこうしたいという思いを実現できる場があると、やりがいにつながります。
塾講師は心から感謝されるやりがいのある仕事
———バイトはいろいろありますが、やりがいを求めるとなると限られますね。
塾業界で働くという意味を、もっと伝えてもいいかもしれませんね。塾はサービス業です。お金をいただいて教育を提供しているのに、ありがとうと心から感謝されるんです。時には涙を流しながら…。泣いて感謝される仕事なんてそう多くはないでしょう。受験生を担当するのは責任が重いと言って敬遠する学生もいます。もちろん大変ですが、それ以上の達成感が得られます。
説明会の機会があれば、合格発表のシーンを見せてあげるといいでしょう。こんな場面に立ち会うんだよ、と。映像だけで涙ぐむ学生もいますよ。
大学生の話をじっくり聞いてあげること
———最後に、講師採用で悩んでいる塾関係者へ、まず最初の一歩として、何から始めればいいでしょうか。
まずは今塾で働いてくれている大学生講師の話をじっくり聞く時間を取ってください。彼らがどんな人生を歩みたいのか、就活の状況、どんな企業を受けるのか、面接はどうだったのか。大学生講師を、ただ生徒に勉強を教えるだけの人として見てはいませんか? せっかく関わった学生たちには、うまくいってほしい。心配じゃないですか。こちらの思いが伝われば、きっと彼らから相談しに来るでしょう。そのときは、じっくり話を聞いてあげてください。そこがスタートです。
彼らのために何ができるかを真剣に考えていることが伝われば、向こうも塾のため、教室のためにできることを考えるでしょう。そのくらいならすぐにできるのではないでしょうか。